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津地方裁判所 昭和60年(行ウ)7号 判決

三重県桑名市上野219番地の5

原告

吉川源

右訴訟代理人弁護士

水野弘章

三重県桑名市外堀24番地

被告

桑名税務署長 榊原義之

外6名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和59年5月29日付でなした昭和57年分所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分を取消す。

2  被告が昭和59年5月30日付でなした昭和57年分所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  課税経緯等

原告の昭和57年分の所得税について,原告がした確定申告及び更正の請求,これに対して被告がした更正をすべき理由がない旨の通知(以下,「本件通知」という。),更正処分(以下,「本件更正」という。)及び重加算税の賦課決定(以下,「本件決定」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決等の経緯は別表一記載のとおりである。

2  違法事由

被告がした本件通知及び本件更正は,原告に分離課税の短期譲渡所得がないのにもかかわらず,右所得があると認定したものであるから違法であり,本件決定は右違法な本件更正を前提とする点において違法であり,かつ,所得税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装した事実がないのにあるとされた点において違法である。

よつて,原告は,本件通知,本件更正及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが,同2の主張は争う。

三  抗弁

1  原告の昭和57年分の所得

(一) 給与所得金額 1,768,000円

原告の昭和57年分の給与所得の金額であり,原告の同年分所得税の確定申告及び更正の請求と同額である。

(二) 分離課税の短期譲渡所得金額 9,137,000円

左記(1)の本件土地に係る売買代金から(3),(4)の各費用を差し引いた金額である。

(1) 本件土地の売買契約

原告は,三友住宅株式会社(以下,「三友住宅」という。)との間で,昭和57年7月ころ,三重県桑名市大字増田字桑原谷711番の2番,同所711番の3,同所712番の1及び同所708番の1の土地合計面積1323m2(以下,「本件土地」という。)を代金19,800,000円で売渡す旨の契約(以下,「原契約」という。)を締結した。

(2) 代金の受領

原告は,右契約に基づき,三友住宅に本件土地を売り渡し,別紙二の別表に記載のとおり売買代金として約束手形でもって19,800,000円を受領した。

(3) 取得費 10,598,000円

原告は,昭和48年5月9日に水越勝から本件土地を代金10,542,000円で買い受け,また,登記諸費用として56,000円を支出した。

(4) 譲渡費用 65,000円

原告は,本件土地を売渡すにあたり測量費等65,000円を支出した。

2  所得控除額

(一) 社会保険料控除額 196,920円

原告の昭和57年分所得税の確定申告及び更正請求と同額である。

(二) 生命保険料控除額 50,000円

原告の前記確定申告及び更正の請求と同額である。

(三) 基礎控除額 290,000円

所得税法86条に定める額であり,原告の前記確定申告及び更正の請求と同額である。

3  課税総所得金額

(一) 課税給与所得金額 1,231,000円

前記1(一)の給与所得金額1,768,000円から前記2の所得控除額を控除した残額(ただし,1000円未満の端数は切捨て)である。

(二) 分離課税の短期譲渡所得金額 9,137,000円

4  本件通知の適法性

原告の分離課税の短期譲渡所得金額は前記1(二),3(二)のとおり9,137,000円であり,右金額は適法に計算されたものであって,同金額を零円とし,それを前提に還付金額24,070円とする更正の請求は理由がなく,したがって,本件通知は適法である。

5  本件更正の適法性

前記分離課税の短期譲渡所得金額9,137,000円に租税特別措置法32条所定の規定により算出された税額は3,654,800円となる。

6  本件決定の適法性

原告は,本件土地の譲渡価額が19,800,000円であるにもかかわらず,これを12,000,000円に仮装した売買契約書を作成し,被告に提出した本件の譲渡所得の申告書,明細書にも仮装した右金額を記載し,過少な所得金額及び税額を申告していることが明白である。

このことは,国税通則法68条1項に規定する「隠ぺい又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するので,これにより過少に申告した所得に対応する納付すべき税額については,重加算税が賦課されることとなり,また,その額は国税通則法所定に基づき正当に計算されている。

したがって本件決定は適法である。

四  抗弁に対する認容

1  抗弁1(一)は認める。

同1(二)冒頭は争う。分離課税の短期譲渡所得金額は零円である。

同1(二)(1)の事実は否認する。原告は,三友住宅との間で昭和57年7月30日本件土地のうち708番の1の土地を除く三筆の土地の合計1,092m2(以下,「甲土地」という。)を代金12,000,000円で売渡す旨の契約を締結し,その後昭和58年1月10日708番の1の土地231m2(以下,「乙土地」という。)を代金7,800,000円で売渡す旨の契約を追加締結した。

同1(二)(2)の事実のうち,原告が三友住宅から別紙二の別表一に記載のとおり売買代金として約束手形でもって19,800,000円を受領したことは認める。

同1(二)(3)の事実は認める。

同1(二)(4)の事実は認める。

2  同2の各事実は全て認める。

3  同3(一)は認める。

同3(二)は争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

五  再抗弁

1  合意解除

原告と三友住宅は,昭和58年12月10日,前記甲土地及び乙土地を売渡す旨の契約を解除する旨合意した。

2  原状回復

右合意に基づいて,甲土地及び乙土地はいずれも昭和58年12月22日付で三友住宅から原告に真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記がされ,原告は三友住宅に原状回復費用として別紙二の別表二記載のとおり総額20,000,000円を支払った。

3  やむを得ない理由

右合意解除するについて,原告には次のとおり国税通則法23条2項3号,同法施行令6条1項2号に定める「やむを得ない理由」があった。

(一) 原告は,昭和57年ころ,資金繰りに困って三友住宅からの借入れた分につき,同社が物的な裏付を欲していた事情があり,原告としても単独では開発が難しく換金性に乏しい本件土地の処分ができるという双方の利害が一致したため,三友住宅に対し本件土地を売渡す旨の契約を締結した。

(二) しかしながら,本件土地の近隣土地の買収が進まず,三友住宅としては転売の目途が全くたたないために困り,原告としては資金繰りが若干好転してきた状況にあった。

(三) そこで,原告は三友住宅から契約解除の申込みを受ける前に,自ら解除の申込みをして原契約を合意解除したのである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

原告は,譲渡所得税を回避する目的で原契約の合意解除を画策したが三友住宅に拒絶された。しかしながら,原告は三友住宅から本件土地を代金20,000,000円で売渡したい旨の申込みを受けたことから,昭和58年12月10日,三友住宅から本件土地を代金20,000,000円で買戻す旨の契約を締結したものである。

2  同2のうち,甲土地はいずれも昭和58年12月22日付で三友住宅から原告に真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記がなされ,原告は三友住宅に別紙二の別表二記載のとおり総額20,000,000円を支払ったことは認め,その余の事実は否認する。

3  同3昌頭の主張は争う。

同3(一)のうち,原告が三友住宅に対し本件土地を売渡す旨の契約を締結した事実は認めるが,その余の事実は不知。

同3(二)の事実は不知。

同3(三)の事実は否認する。

もし,仮に原契約が合意解除されたとしても,それは原告の譲渡所得税を回避する目的でなされたものであるから「やむを得ない理由」がない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の昭和57年分の所得

1  課税給与所得金額

抗弁1(一)(給与所得金額),同2(所得控除額)の各事実は当事者間に争いがなく,したがって,その課税給与所得金額が抗弁3(一)のとおりであることも当事者間に争いがない。

2  分離課税の短期譲渡所得金額

(一)  本件土地の売買契約

成立に争いのない甲第2号証の1ないし3,第3号証,乙第6ないし第8号証,証人伊藤貢の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると,原告は三友住宅との間で,昭和57年中に甲土地及び乙土地を代金19,800,000円で売渡したことが認められる。

(二)  代金の受領

原告が三友住宅から別紙二の別表一に記載のとおり売買代金として約束手形でもって19,800,000円を受領したことは当事者間に争いがない。

(三)  譲渡所得の計算

以上のとおりであるから,原告には,昭和57年中に,本件土地を三友住宅に売渡したことによる19,800,000円の収入が発生したものであるところ,抗弁1(二)(3)(取得費),同(4)(譲渡費用)の各事実は当事者間に争いがないので,原告の分離課税の短期譲渡所得金額は,右収入金額から右各費用の額を控除した9,137,000円と算出される。

3  課税短期譲渡所得金額

課税短期譲渡所得金額は9,137,000円とな。

三  再抗弁について

1  前記二2(一)に掲記の各証拠並びに成立に争いのない甲第6号証の1,2,乙第1号証,第3号証,第5号証,弁論の全趣旨及びそれにより成立の真正が認められる乙第10号証によれば以下の事実が認められる。

(一)  原告は,昭和58年3月15日,昭和57年分の所得税の確定申告において,本件土地の売買代金を12,000,000円として申告していること,

(二)  被告が昭和58年10月18日に三友住宅の税務調査をしたところ,三友住宅は,原契約に係る支払額19,800,000円を仕入金額として経理し,昭和57年10月31日の決算で同額を棚卸資産として経理していることが判明し,その際,三友住宅は原契約の解除のことにつき何も申し立てず,同年11月22日の調査時に初めて右解除についての申立てがあったこと,

(三)  次に,被告が同年10月19日に原告を税務調査した際,原告に対し本件土地の売買代金が12,000,000円ではなく19,800,000円である旨指摘したが,原告から原契約の解除のことは何も申立てがなく,翌20日に電話で本件土地を元に戻すとの申立てをしてきたこと,

(四)  原告は,昭和59年2月13日に被告に対し更正の請求をした際,昭和58年12月22日付で真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記がなされたことを記す本件土地の各登記簿謄本のみを添付書類として提出したにすぎなかったこと,

(五)  甲土地につき昭和58年1月11日付で三友住宅を債務者とし,南濃町農業協同組合を根抵当権者とした根抵当権設定(極度額39,000,000円)登記が行われ,更に昭和59年4月14日付で解除を原因とする右根抵当権の抹消登記が行われ,同日,原告の被告に対する20,000,000円の支払いが完了したこと,

(六)  原告は,被告に支払う金員の融資を桑名信用金庫に求めた際,その担当者に譲渡所得税7,000,000円が課税されることになるので,三友住宅から本件土地の所有権を取り戻す旨説明していること。

2  以上の認定事実に,原告本人の三友住宅の言う通りにやれば税金がかからないものと考えて行動していたとの趣旨の供述部分を併せ考えると,原告が専ら譲渡所得税を回避する目的で本件土地の所有権を原告のもとに戻す行為に出たものと理解するのが合理的と考えられ,そうであるとすれば,仮に原告が三友住宅との間で本件土地の所有権を戻すのに原契約の合意解除という方法をとったとしても,これは専ら譲渡所得税を回避する目的でなされたものであるとみることができ,原告には右解除について「やむを得ない理由」がないこととなる。

3  したがって,その余の再抗弁事実について判断するまでもなく,再抗弁は理由がない。

四  本件通知及び更正の適法性

叙上の次第によると,分離課税の短期譲渡所得の金額は9,137,000円となり,これに対する租税特別措置法32条所定の規定によって算出される税額は3,654,800円となるところこれを零円とし,それを前提として還付金24,070円とする旨の更正の請求は明らかに理由がなく,したがって被告が昭和59年5月29日になした右更正すべき理由がない旨の通知処分は適法であり,翌30日になした分離課税の短期譲渡所得の金額を9,137,000円,これに対する納付すべき税額を3,630,700円とする旨の更正決定もまた適法である。

五  本件決定の適法性

原告は売却代金を12,000,000円と記載した「譲渡資産などの明細書」と題する書面を確定申告書に併せて提出しているが,前記三で認定したとおり原告は本件土地の売却代金を19,800,000円と申告すべきところを12,000,000円と申告し,被告から19,800,000円であるとの指摘をうけるや譲渡所得税回避の行動をとっていることとも併せ考えると,原告の右申告は国税通則法68条1項に規定する「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」に該当するということができるので,過少に申告した所得に対応する納付すべき税額については重加算税が賦課され,その額は国税通則法68条1項に基づき計算すると936,000円となる。

したがって本件決定は適法である。

六  以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋英夫 裁判官 下澤悦夫 裁判官 山西賢次)

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